2006年6月29日 神経細胞
体に閉じ込められた自分が可哀想な気がする。
生命活動を行う器に行動や思考が制限されることが多すぎる。

これは深く議論しようと思うと、きっといろいろ文献にあたったりしなければならないだろうから追求したくない話題。
だから、印象のお話。
全く、私の体は不良品なのでしょうか。

コンスタントに、ペースを崩さず物事をこなせることは才能だと思っていた。でも、それ以上に、生命の安定感即ち健康というものが大きい気がする。
健康かどうかは大した問題ではないと考えていた。
器に左右されるほどの脆弱さならば、それは大きな問題だと思う。多少の体調不良は気にしていられない。無視できないほどに崩れる頻度が高いことが、何より不満。

西洋医学のお医者様は必ず「体質だから仕方ありません、上手に付き合いましょう」と仰る。根本的な解決方法は何処にあるのか。決して死に至ることは無い。でも日常に支障をきたすレベル。このラインの病は医者も丸投げ、研究も進まないらしい。

いっそ、蓬莱でも探しに行きたい気分である。亀、迎えに来ないかな。

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渦

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